◆追加説明◆
YAHOO オークショ
◆支那事変・近衛第1聨隊・仏印国境作戦記念
『南支を征く』写真帖◆ 非売品
| NO1 表紙・大きさ巾27cm・長さ38cm・厚み4cm。掲載写真280枚。 |
| NO 1-2 裏表紙。皇紀2600年(昭和16年)。 |
| NO2 右より、牛島部隊長(大佐)・桜田部隊長(大佐)・鈴木部隊長(大佐)。 写真説明、(後日)右側、牛島敬治郎・近衛第1連隊第36代連隊長(戦死・少将)。 中央・桜田部隊長(近衛混成旅団・桜田兵団・団長) 左側・鈴木鉄三・第37代連隊長(大佐)。 ※近衛第1聨隊、翁英・南寧・仏印国境作戦沿革、1939年(昭和14年11月2日ー動員下命 、近衛混成旅団隷下となる、12月5日広東に上陸、広東上陸後、第21軍に属し、第18師団 、第104師団と共に翁英作戦に参加。南寧で10万の中国軍に包囲された第5師団、台湾混 成旅団(計2万4千名)救助の為作戦中止。 第18師団と聨隊を含む近衛1個師団(計3万名)は急遽海路で南寧に向かう。昭和15年1月 28日、南寧北方の賓陽において、中国軍と全面戦闘に入った。 上恩縣討伐、江南作戦、第1次・第2次西路作戦、仏印国境作戦に参加し、昭和16年1月13 日、東京に帰還。 ※此の「写真帖」は上記の作戦の経過に従い編集されています。奥付に書かれているように 軍事機密を重視して編纂されていますので、部隊名・上級部隊・所属師団・・の名称は一さい 書かれておりません。 |
| NO3 出發、歓呼の声に送られて。 |
| NO4 翁英作戦。 |
| NO5 通信隊の活躍。作戦を練る牛島部隊長。 |
| NO6 砂糖きびに渇を癒す牛島部隊長、焼き芋に飢をしのぐ牛島部隊長。 |
| NO7 賓陽会戦。 |
| NO8 七糖の難行軍の桜田部隊長。 |
| NO9 金圭付近の戦闘。 |
| NO10 山口圩の迫激戦。 |
| NO11 林先遣隊長の雄姿、敗敵を猛射。 |
| NO12 武陵壚付近の奮戦。 |
| NO13 捕獲せるソ連製敵戦車。 |
| NO14 擲弾筒の猛威。 |
| NO15 江南作戦。 |
| NO16 嬉しい慰問団を見る。 |
| NO17 第二次西路作戦・戦車隊の出動準備。 |
| NO18 山虚付近の於ける重火器部隊の活躍。 |
| NO19 仏印国境作戦。 |
| NO20 南寧の横顔、映画・しんみなと・○○○?。 |
| NO21 NO20 の一部拡大写真「○○○?」は、従軍慰安婦を抱えた、日本兵専門の「慰安所・ 女郎屋」です。土壁には「本日開業」と書かれています。「花月」は日本本土にも有った安女 郎屋の代表的屋号です。路地の裏道に夜となれば少々のお金と「突撃一番」を支給された兵 達が行列をなし順番を待っていたに違いない。官製印刷物に掲載されるのは非常に稀です。 |
| NO22 撤退作戦。 |
| NO23 二糖警備隊 |
| NO24 中国風景風俗・ 石岐市付近・街並・バナナの山・嫁入り風景・日本語学校。 女警察官。 |
| NO25 石岐市付近、英丁警備風景。 |
| NO26 内地上陸習志野に向かう、鈴木部隊(近衛歩兵第1連隊)。 |
| NO27 奥付。此の写真帳の写真は防諜上厳格選定された事が分かる。 |
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後期高齢者・初級 萬歳 !